必要悪
2011年10月27日
サイトは様々である点から自由です。
その自由だということこそ行ってサイトの魅力でもありますが、中には大きい罠が潜在しています。
そうです、よく話す桜というのです。
この桜の存在とどのように向かい合うだろうか?事実はこれはサイトをあちこち歩き回る同時でも非常に大きな問題と話せるのです。
桜ということは、特に禁止されていることでも違うので、サイトの必要悪とも話せます。
先にも話しましたが、サイトも利益を要求して運営されているのです。
国が出生率減少を憂いあってサイト事業に手を伸びているとか行ってありません。
そして桜という存在は、そのようなサイトに利益を招く存在、利用者からすればタラップと同じです。
※でもテレホンセックスなどに桜は存在しません。
桜は無料のサイトでは有料のサイトへの誘導をすることが一般的で有料のサイトの場合はとにかくそのポイントをたくさん消費させるためにぶらぶらメールをしたり、不必要な写【担いで】を送ってくるなど、少し冷静に考えれば、どういうわけかむやみに積極的だな…。
これと考えられられるような女性は殆どと話しても良い程桜です。
単純だと考えて、男女費9:1とも話されているサイトで、女性からメールを送る理由などありません。
すなわち、女性からのアクションは、その殆どが桜と考えてもまちがいないですね。
桜との交換が楽しいという風変わりさの人もいますが、多くの人はこの桜の存在に真っ青になっているということですね。
参考サイト:
【オススメ記事】
その自由だということこそ行ってサイトの魅力でもありますが、中には大きい罠が潜在しています。
そうです、よく話す桜というのです。
この桜の存在とどのように向かい合うだろうか?事実はこれはサイトをあちこち歩き回る同時でも非常に大きな問題と話せるのです。
桜ということは、特に禁止されていることでも違うので、サイトの必要悪とも話せます。
先にも話しましたが、サイトも利益を要求して運営されているのです。
国が出生率減少を憂いあってサイト事業に手を伸びているとか行ってありません。
そして桜という存在は、そのようなサイトに利益を招く存在、利用者からすればタラップと同じです。
※でもテレホンセックスなどに桜は存在しません。
桜は無料のサイトでは有料のサイトへの誘導をすることが一般的で有料のサイトの場合はとにかくそのポイントをたくさん消費させるためにぶらぶらメールをしたり、不必要な写【担いで】を送ってくるなど、少し冷静に考えれば、どういうわけかむやみに積極的だな…。
これと考えられられるような女性は殆どと話しても良い程桜です。
単純だと考えて、男女費9:1とも話されているサイトで、女性からメールを送る理由などありません。
すなわち、女性からのアクションは、その殆どが桜と考えてもまちがいないですね。
桜との交換が楽しいという風変わりさの人もいますが、多くの人はこの桜の存在に真っ青になっているということですね。
参考サイト:
【オススメ記事】
- テンポの良い会話を心がける
・テンポがありませんでした。フラッシュカードの扱い方にも原因があると思います。スッキリとした中身を心がける。 ・ 五十嵐先生、原口先生に言われた立ち位置の事は目から鱗でした。→モデルの時にこの二つを取り上げて練習させると良い。 - 12行のメールでも関係を長続きできます
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理想は
2011年02月10日
今日が仕事納めの方も多いやろうなあ。
本音を言うたらこうして毎日仕事してるんやから、年末は帰省しないで自分のうちのことをしたいよなあ…。
片付けきれてないものをまとめて大掃除する時間なんかそうそうとれんもん。
よく聞く「年始だけ行く」っちゅーワケに高知やといかんのがツライな。
ほら、年末は家で自分たちのことをしてさ、お節作ったりしてさ、年始に地元の神社に初詣に行って、それから帰省して年始のご挨拶がてらお泊り…なんてのはすごい理想的なんやけど、それって相当に渋滞のリスクを伴うし疲れる。
しょうがないから腹をくくるしかないんやけど、実はみんなが思ってる以上にあたしの帰省への気持ちの負担が大きいんよねー…
あんまり考慮してもらえんね、嫁なんやし(涙)
腹くくるってけっこう労力と気力が要る。
しかも持続して要る(涙)
帰省して旦那さんのお友達と呑むのを楽しみにしよう。
うん、楽しみはあるんやしね。
…けどもう、最近またお姑さんに責められる夢を見続けてて寝るの怖いし、それで寝不足で不安定になるし、この悪循環の中でこう、思い込ませただけで乗り切れるもんやろかねぇ。
ほんまに要らんこと言うてくれたもんやわ。
保育園も、今日が年内最後。
先生たちは子供たちをホールに集めてお正月の過ごし方なんかをお話してくれはったみたい。
ちゃんと早寝早起きはする、だとかも含めてリズムが崩れんようにっていうのを説明してくれはったし、こうさろんは正義感が強いからおばあちゃんが好き勝手して自分に不都合になったら「おばあちゃん、アカンねんで」ってちゃんと叱ってくれそうやな(笑)
で、お迎えにいったら夜叉ちゃんママがおって「ごめん、待っててって言われたんやけどちょっと待てへんかって、泣かしてしもてん」って逢うなり言われて。
ああ、そんなんかまへんよ、よいお年を~♪って見送って玄関入った途端に驚愕。
どこの子供が泣いてんの?!ってくらいに大号泣が聞こえてくるん。
嫌な予感がしてお部屋に向かうと、こうさろんが乳児さんみたいにして大泣きしてて、ちょっと引いた(苦笑)
あのクリスマスパーティがよっぽど楽しかったのか、あれから今まで以上にママに懐いてるこうさろん。
あたしで足りてへん愛情を求めてたのかもしれんなー…
「夜叉ちゃんママとはなれたくない」ってずっとないてて、泣き止んだのは家に着く頃。
おいおい、10分以上も泣いてたんかいな(溜息)
ともあれこれで年内の外での仕事は終了。
今夜が忘年会の旦那様はお酒が抜けた明日の朝に帰ってくる予定。
明日は準備しながらご近所さんとこで簡単お節を教えてもらう楽しみも。
フードプロセッサーとアム鍋で2時間であらかたのものが作れるらしいし、楽しみやわ~♪
そうそう、図書館に本をとりに行こうと思ったらとっくに閉館してしまってた。
年末年始だけやと思ってたんやけど、なんかしらんけど前倒しで休館が始まっててさー…
この帰省中にいい時間つぶしが出来るって思ったのに!
しょうがないから手元にあってまだ読めてないノベルを持参していこう…とほほ。
すごい寒波がきてるんやってね。
風が恐ろしく吹いてて、JRも徐行してたくらい。
いつも利用する駅の看板が斜めになっちゃってた。
…これ、外れて落ちたりしませんよね?!
本音を言うたらこうして毎日仕事してるんやから、年末は帰省しないで自分のうちのことをしたいよなあ…。
片付けきれてないものをまとめて大掃除する時間なんかそうそうとれんもん。
よく聞く「年始だけ行く」っちゅーワケに高知やといかんのがツライな。
ほら、年末は家で自分たちのことをしてさ、お節作ったりしてさ、年始に地元の神社に初詣に行って、それから帰省して年始のご挨拶がてらお泊り…なんてのはすごい理想的なんやけど、それって相当に渋滞のリスクを伴うし疲れる。
しょうがないから腹をくくるしかないんやけど、実はみんなが思ってる以上にあたしの帰省への気持ちの負担が大きいんよねー…
あんまり考慮してもらえんね、嫁なんやし(涙)
腹くくるってけっこう労力と気力が要る。
しかも持続して要る(涙)
帰省して旦那さんのお友達と呑むのを楽しみにしよう。
うん、楽しみはあるんやしね。
…けどもう、最近またお姑さんに責められる夢を見続けてて寝るの怖いし、それで寝不足で不安定になるし、この悪循環の中でこう、思い込ませただけで乗り切れるもんやろかねぇ。
ほんまに要らんこと言うてくれたもんやわ。
保育園も、今日が年内最後。
先生たちは子供たちをホールに集めてお正月の過ごし方なんかをお話してくれはったみたい。
ちゃんと早寝早起きはする、だとかも含めてリズムが崩れんようにっていうのを説明してくれはったし、こうさろんは正義感が強いからおばあちゃんが好き勝手して自分に不都合になったら「おばあちゃん、アカンねんで」ってちゃんと叱ってくれそうやな(笑)
で、お迎えにいったら夜叉ちゃんママがおって「ごめん、待っててって言われたんやけどちょっと待てへんかって、泣かしてしもてん」って逢うなり言われて。
ああ、そんなんかまへんよ、よいお年を~♪って見送って玄関入った途端に驚愕。
どこの子供が泣いてんの?!ってくらいに大号泣が聞こえてくるん。
嫌な予感がしてお部屋に向かうと、こうさろんが乳児さんみたいにして大泣きしてて、ちょっと引いた(苦笑)
あのクリスマスパーティがよっぽど楽しかったのか、あれから今まで以上にママに懐いてるこうさろん。
あたしで足りてへん愛情を求めてたのかもしれんなー…
「夜叉ちゃんママとはなれたくない」ってずっとないてて、泣き止んだのは家に着く頃。
おいおい、10分以上も泣いてたんかいな(溜息)
ともあれこれで年内の外での仕事は終了。
今夜が忘年会の旦那様はお酒が抜けた明日の朝に帰ってくる予定。
明日は準備しながらご近所さんとこで簡単お節を教えてもらう楽しみも。
フードプロセッサーとアム鍋で2時間であらかたのものが作れるらしいし、楽しみやわ~♪
そうそう、図書館に本をとりに行こうと思ったらとっくに閉館してしまってた。
年末年始だけやと思ってたんやけど、なんかしらんけど前倒しで休館が始まっててさー…
この帰省中にいい時間つぶしが出来るって思ったのに!
しょうがないから手元にあってまだ読めてないノベルを持参していこう…とほほ。
すごい寒波がきてるんやってね。
風が恐ろしく吹いてて、JRも徐行してたくらい。
いつも利用する駅の看板が斜めになっちゃってた。
…これ、外れて落ちたりしませんよね?!
ユニファイドキャッシュ
2010年08月05日
はぁーぁ。ほんと、やるべき事は沢山ありますが、ついつい誘惑に負けてしまい…。ユニファイドキャッシュを途中まで書いたのですが、力尽きました。明後日に重水減速ガス冷却原子炉に関してでも。
悩む。。。
2010年07月08日
パソコンを買い換えるの。
娘が帰ってくると、
会社からのが頻繁に届くらしい。
今までは、私のを使っていたが、
正直、見られたくない部分もあるわけで…。
さぁ、どうする?
私はあそこで
腐ったを買わされた経験があり、
1台目、3台目に購入した、
FujitsuのFMVを購入すると決めている。
とにかく、安定しているんだ~♪
しか~し!
TVを観られるか観られないか…
それが大きな分かれ道。
さぁ、どうする?
大きなでんきやさんを2軒回ってみるも、
店員は不親切だし、
デスク型にするかノート型にするかも決めかねて
決断が出来ない。
さぁ、どうする?
娘が帰ってくると、
会社からのが頻繁に届くらしい。
今までは、私のを使っていたが、
正直、見られたくない部分もあるわけで…。
さぁ、どうする?
私はあそこで
腐ったを買わされた経験があり、
1台目、3台目に購入した、
FujitsuのFMVを購入すると決めている。
とにかく、安定しているんだ~♪
しか~し!
TVを観られるか観られないか…
それが大きな分かれ道。
さぁ、どうする?
大きなでんきやさんを2軒回ってみるも、
店員は不親切だし、
デスク型にするかノート型にするかも決めかねて
決断が出来ない。
さぁ、どうする?
オリーブソフトクリームつぶ入り
2010年07月02日
ぼちぼち暖かくなってきましたねぇ。
ということは当協会の活動シーズン到来♪
ってことになります。
全国のソフトクリーム好きな皆様
ぜひ写真と感想をアップしてくださいね~
さてさて…今回のソフトクリーム
「オリーブソフトクリームつぶ入り」は
小豆島内海町にある
24の瞳映画村の前の店にあります。
一緒に「しょうゆソフトクリーム」も販売してます。
しかし今回は諸事情ありまして
食べやすいオリーブソフトをいただきました。
見た目は
すこ~し緑色。
ほんの少しね。
で、お味は…
んんっ!ほんのりオリーブ味?
(あれ?オリーブの味ってどんな味???)
そんな特徴のある味って感じじゃないな。
でも、バニラとは違う。
これがオリーブの味なのか?
粒は時っ々感じる程度。
24の瞳映画村に行かれた際には
ぜひお召し上がりください。
ということは当協会の活動シーズン到来♪
ってことになります。
全国のソフトクリーム好きな皆様
ぜひ写真と感想をアップしてくださいね~
さてさて…今回のソフトクリーム
「オリーブソフトクリームつぶ入り」は
小豆島内海町にある
24の瞳映画村の前の店にあります。
一緒に「しょうゆソフトクリーム」も販売してます。
しかし今回は諸事情ありまして
食べやすいオリーブソフトをいただきました。
見た目は
すこ~し緑色。
ほんの少しね。
で、お味は…
んんっ!ほんのりオリーブ味?
(あれ?オリーブの味ってどんな味???)
そんな特徴のある味って感じじゃないな。
でも、バニラとは違う。
これがオリーブの味なのか?
粒は時っ々感じる程度。
24の瞳映画村に行かれた際には
ぜひお召し上がりください。
だぼだぼオーバーオール
2010年06月25日
この日は型紙から作ってみた。
ぽぽちゃんの規定のオーバーオール
朝S様がさちの散歩にいっている間に型紙を作って
お昼前に布を裁断して縫ってと・・頑張ってお昼までに出来上がったたっぷりめのオーバーオール。
右横のはオーガンジーのフリルがついたタンクトップ。
残念ながらこのトップにちょうどあうボトムがない!
ぽぽちゃんは上からのサイズ
バスト、ウエスト、ヒップが28センチ
というプロポーション。
私がミシンを出している仏間はホント、すごい有様。
S様は気をもんでいると思う。
でも、最終的には綺麗に片付けるから
気にしないでねぇ~
ぽぽちゃんの規定のオーバーオール
朝S様がさちの散歩にいっている間に型紙を作って
お昼前に布を裁断して縫ってと・・頑張ってお昼までに出来上がったたっぷりめのオーバーオール。
右横のはオーガンジーのフリルがついたタンクトップ。
残念ながらこのトップにちょうどあうボトムがない!
ぽぽちゃんは上からのサイズ
バスト、ウエスト、ヒップが28センチ
というプロポーション。
私がミシンを出している仏間はホント、すごい有様。
S様は気をもんでいると思う。
でも、最終的には綺麗に片付けるから
気にしないでねぇ~
久しぶりの青空
2010年06月18日
何日ぶり?
やっぱり青空は いいですね
なにかとても良いことが起きそうな気がします
気持ちが軽くなるようなきがします
このところ雨で被害の出た方には、お見舞い申し上げます
ほんと水害は、後始末が大変
2年前
水害の後地震にあいましたが
そのときある人の感想は「水害のほうが大変」
最も被害の差があってのことだと思いますが
青空がこんなにもうれしいのは
わたしって単純なのね(あははー)
やっぱり青空は いいですね
なにかとても良いことが起きそうな気がします
気持ちが軽くなるようなきがします
このところ雨で被害の出た方には、お見舞い申し上げます
ほんと水害は、後始末が大変
2年前
水害の後地震にあいましたが
そのときある人の感想は「水害のほうが大変」
最も被害の差があってのことだと思いますが
青空がこんなにもうれしいのは
わたしって単純なのね(あははー)
やっと端午の節句の準備完了
2010年06月11日
ε=(・ρ・*) フゥ
やっとカブトと鯉のぼりのセッティングが完了しました。
出さなきゃ、出さなきゃ~って思いながら日が過ぎちゃって、2週間前になってやっとです。
第一子の初節句とは大違い…プププッ (*^m^)o==3
それにしても、カブトを飾るのは簡単なんだけど、ベランダに出す「こいのぼり」は毎年悪戦苦闘。
片付けるのも結構面倒。
片付けは「父ちゃ~ん、頼むよ~」ヽ(*^^*)ノ
今日は久し振りに実家へ。
実家は「風邪の館」らしい。
たっくんパパから始まり、みんな風邪ひきさんなんだって~。
でも相変わらずたっくん、元気げんき~。
「たっくん、おいで~」って手を出すと、「ニョ~ン」って手を伸ばしやってくる~!ホントかわいいヤツだ。
やっとカブトと鯉のぼりのセッティングが完了しました。
出さなきゃ、出さなきゃ~って思いながら日が過ぎちゃって、2週間前になってやっとです。
第一子の初節句とは大違い…プププッ (*^m^)o==3
それにしても、カブトを飾るのは簡単なんだけど、ベランダに出す「こいのぼり」は毎年悪戦苦闘。
片付けるのも結構面倒。
片付けは「父ちゃ~ん、頼むよ~」ヽ(*^^*)ノ
今日は久し振りに実家へ。
実家は「風邪の館」らしい。
たっくんパパから始まり、みんな風邪ひきさんなんだって~。
でも相変わらずたっくん、元気げんき~。
「たっくん、おいで~」って手を出すと、「ニョ~ン」って手を伸ばしやってくる~!ホントかわいいヤツだ。
袋田の滝へ。
2010年06月04日
3北茨城の袋田の滝へ行ってきました。
完全氷結すると、滝をロッククライマーが登れるようになるらしいけど、残念ながら凍ってはいませんでした。
でも寒かった。
ダンナは、目の調子がわるくコンタクトが入れられないので1日メガネ。
よって運転はぜ~んぶ私の担当でした。
今日1日の走行距離は300キロ。結構走ったでしょ?
滝を真正面から見た後、つり橋を渡って対岸へ。
そこから階段を登っていくと、滝を上から見ることができるというので、
足の悪い母は待っててもらうことにして、親子4人で登ってきました。
結構たくさんの人が登っているのですぐなのかな~って思ったんだけど
結構急な山道で、すべてに階段がついているんだけど
一段一段が高くて、マコのモモあたりの高さ。
それでも、そういうところに行くと、マコの負けず嫌いが出てくるのか、
よくダッコ~って言うダッコ星人のマコが、よいしょよいしょと一生懸命登っていました。
でもね、ホント一段一段が大変そうなので、運よく(?)オーバーオールを着ていたので、登るタイミングに合わせて、オシリのところのズボンを持ってグイって引き上げてあげていました。o(*^▽^*)oあはっ♪
ミキはというと、走るようにタッタカタッタカ軽やかに登っていき頼もしい限りです。
15分くらい登ると、滝を見下ろせるところまできたんだけど、階段はまだ上に続いている。
ミキは頂上まで行くんだ。と言うし、ダンナも行こうよ~。
私も行きたいけど、ホント急な山道なのでマコが歩かなくなったときに、
オンブやダッコで降りてくるのも怖いしな~って思い、マコにどうする?って聞くといくって言うので、もうしばらく登ってみる事にした。
結局スタートから30分くらい登ったところでマコはギブアップ。
そこから、私とマコは降りることにしてミキとダンナで頂上を目指すことに。
くだりもナンダカンダいいながら、結局オンブすることなくぜ~んぶ自分の足で降りてきました。
1時間くらいかな~。ホントえらかったです。
その後、30分くらいかけてダンナとミキは頂上到着。
ハイキングコースはまだ続いていたけど、とりあえずテッペンに着いたのでお腹もすいたしということで下ってきました。
ミキの脚力には恐れ入りました。
山を下った後、車をおかせて貰ったお店で休憩。
マコは外の炭火で焼いていた、あゆを1尾ペロリと食べ大きな焼き団子も2個。その後けんちんそばを食べ…おそるべし。(*≧m≦*)ププッ
昼食後温泉に移動中にマコは電池切れでした。o(*^▽^*)oあはっ♪
月居温泉滝見荘。
ここの温泉は、私がまだ独身時代に母とリンゴ狩りに来たときに偶然見つけた温泉。
かえってからも肌がツルツルして忘れられないお湯だったんです。
いつかまた行きたいなあと話していた温泉でした。
念願叶って行く事ができました。
町民のみなさんがやっているので、入浴料350円と激安。
相変わらず、いいお湯でした。(マコは爆睡中につき入浴せず。)
スベスベしっとり、ホカホカで帰途へ…
…つくかと思ったんだけど、まだ帰るには早いかな~と言うことで、
益子に寄って帰ることに。
その後は昼寝から起きたマコが「温泉温泉」とうるさいので、
帰る途中に日帰り温泉を発見し、お風呂とご飯といういつものパターンで帰途に。
今日もまた充実した1日でした。
おつかれさま~。
* どういうわけか写真を消してしまった。不覚!
完全氷結すると、滝をロッククライマーが登れるようになるらしいけど、残念ながら凍ってはいませんでした。
でも寒かった。
ダンナは、目の調子がわるくコンタクトが入れられないので1日メガネ。
よって運転はぜ~んぶ私の担当でした。
今日1日の走行距離は300キロ。結構走ったでしょ?
滝を真正面から見た後、つり橋を渡って対岸へ。
そこから階段を登っていくと、滝を上から見ることができるというので、
足の悪い母は待っててもらうことにして、親子4人で登ってきました。
結構たくさんの人が登っているのですぐなのかな~って思ったんだけど
結構急な山道で、すべてに階段がついているんだけど
一段一段が高くて、マコのモモあたりの高さ。
それでも、そういうところに行くと、マコの負けず嫌いが出てくるのか、
よくダッコ~って言うダッコ星人のマコが、よいしょよいしょと一生懸命登っていました。
でもね、ホント一段一段が大変そうなので、運よく(?)オーバーオールを着ていたので、登るタイミングに合わせて、オシリのところのズボンを持ってグイって引き上げてあげていました。o(*^▽^*)oあはっ♪
ミキはというと、走るようにタッタカタッタカ軽やかに登っていき頼もしい限りです。
15分くらい登ると、滝を見下ろせるところまできたんだけど、階段はまだ上に続いている。
ミキは頂上まで行くんだ。と言うし、ダンナも行こうよ~。
私も行きたいけど、ホント急な山道なのでマコが歩かなくなったときに、
オンブやダッコで降りてくるのも怖いしな~って思い、マコにどうする?って聞くといくって言うので、もうしばらく登ってみる事にした。
結局スタートから30分くらい登ったところでマコはギブアップ。
そこから、私とマコは降りることにしてミキとダンナで頂上を目指すことに。
くだりもナンダカンダいいながら、結局オンブすることなくぜ~んぶ自分の足で降りてきました。
1時間くらいかな~。ホントえらかったです。
その後、30分くらいかけてダンナとミキは頂上到着。
ハイキングコースはまだ続いていたけど、とりあえずテッペンに着いたのでお腹もすいたしということで下ってきました。
ミキの脚力には恐れ入りました。
山を下った後、車をおかせて貰ったお店で休憩。
マコは外の炭火で焼いていた、あゆを1尾ペロリと食べ大きな焼き団子も2個。その後けんちんそばを食べ…おそるべし。(*≧m≦*)ププッ
昼食後温泉に移動中にマコは電池切れでした。o(*^▽^*)oあはっ♪
月居温泉滝見荘。
ここの温泉は、私がまだ独身時代に母とリンゴ狩りに来たときに偶然見つけた温泉。
かえってからも肌がツルツルして忘れられないお湯だったんです。
いつかまた行きたいなあと話していた温泉でした。
念願叶って行く事ができました。
町民のみなさんがやっているので、入浴料350円と激安。
相変わらず、いいお湯でした。(マコは爆睡中につき入浴せず。)
スベスベしっとり、ホカホカで帰途へ…
…つくかと思ったんだけど、まだ帰るには早いかな~と言うことで、
益子に寄って帰ることに。
その後は昼寝から起きたマコが「温泉温泉」とうるさいので、
帰る途中に日帰り温泉を発見し、お風呂とご飯といういつものパターンで帰途に。
今日もまた充実した1日でした。
おつかれさま~。
* どういうわけか写真を消してしまった。不覚!
皇帝ダリアが咲きました!
2010年05月27日
薄曇り11月9日に根本から3メートル以上に、ピンクの手のひらほどの大きさの花が咲きました。遠く目には・・竹竿の上にピンクのひらりとしたのが止まっている?感じです。
これから次々さいてきます。
今日は又さとうきびをもらいました・・。ずしっと重い。中身が詰まっている感じでした。竹のように見えますが・・。
今日は子供の衣類を片付けました・・ショートで使って貰えるもの、あまりに赤色とか若いデザインは施設で寮母をしている友人へ、何カ所か・・。きりがないです・・。主が着ているのよりいいものも出てきました・・子供の方がいいのを買っています。
これから次々さいてきます。
今日は又さとうきびをもらいました・・。ずしっと重い。中身が詰まっている感じでした。竹のように見えますが・・。
今日は子供の衣類を片付けました・・ショートで使って貰えるもの、あまりに赤色とか若いデザインは施設で寮母をしている友人へ、何カ所か・・。きりがないです・・。主が着ているのよりいいものも出てきました・・子供の方がいいのを買っています。
悔しい
2010年05月20日
4年前より確実に個々のレベルは上がっているのに………。
○○のレベルが下がってしまった。。。。
Gは長嶋みたいなもん。
カリスマで本人は上手いけど、自分が上手すぎるから選手をどう指導していいか分かってない。
もったいない。。。
日本選手は今が最高のレベルなのに。。。。
(しかし監○のカリスマ性だけで勝てるほど強くもない)
私と夫は何年も前から「早く負けろ」「とっとと負けろ」と言い続けてきた。
ぢゃないとワールドカップに間に合わないじゃないか………(涙)。
しかし私達の願いは届かなかった。。。。
ここぞという時に勝っちゃうんだよなぁ。
こうなったらGの強運を信じるしかない。
あんたの運だけでここまで来たんだから………。
しかしなぁ。
せめてサントスを下げてくれ。
あたしゃ、ヤツのディフェンスを見ているだけで胃がキリキリしてくるよ~~~(涙)
○○のレベルが下がってしまった。。。。
Gは長嶋みたいなもん。
カリスマで本人は上手いけど、自分が上手すぎるから選手をどう指導していいか分かってない。
もったいない。。。
日本選手は今が最高のレベルなのに。。。。
(しかし監○のカリスマ性だけで勝てるほど強くもない)
私と夫は何年も前から「早く負けろ」「とっとと負けろ」と言い続けてきた。
ぢゃないとワールドカップに間に合わないじゃないか………(涙)。
しかし私達の願いは届かなかった。。。。
ここぞという時に勝っちゃうんだよなぁ。
こうなったらGの強運を信じるしかない。
あんたの運だけでここまで来たんだから………。
しかしなぁ。
せめてサントスを下げてくれ。
あたしゃ、ヤツのディフェンスを見ているだけで胃がキリキリしてくるよ~~~(涙)
実はお笑い好きな自分
2010年03月25日
にわかに連合が発足される。
なんのことかって
TV出演情報がメルマガのように回ってきたり
M1のDVDの共同購入計画とか
ルミネ吉本見に行く?とかとか
今まであんまり話さーずだった同僚ちゃん達と急接近。
お笑いのセンス大事。だし、つおい。
そしてこの人たち、それぞれ
ボケと突っ込みが交互なのがすごいな。
・・ってそんな目線で
何を目指してるのやら>自分(笑)
なんのことかって
TV出演情報がメルマガのように回ってきたり
M1のDVDの共同購入計画とか
ルミネ吉本見に行く?とかとか
今まであんまり話さーずだった同僚ちゃん達と急接近。
お笑いのセンス大事。だし、つおい。
そしてこの人たち、それぞれ
ボケと突っ込みが交互なのがすごいな。
・・ってそんな目線で
何を目指してるのやら>自分(笑)
三菱・ギャラン
2010年03月15日
ギャラン (GALANT) は、三菱自動車工業[1]の自動車。現在は海外専売車種であり、日本ではギャランフォルティス(海外名:ランサー)が販売されている。
本稿ではセダンを中心に記述し、便宜上、コルトギャラン、ギャランについても扱う。なお、クーペ仕様のギャランGTO、ギャランクーペFTO、ギャランΛについては当該項目を参照のこと。
1969年、「コルトギャラン」の名で発売。「コルトギャラン」は、従来のコルト1200/1500とは全く異なるコンセプトの新しい4ドアセダンとして1969年12月にデビューし、「ギャラン」というサブネームが初めて与えられた。当時としては流行の先端をいく“ダイナウェッジライン”を採用した斬新なスタイルが評判を呼び、大ヒットとなった。1300ccSOHCエンジン(4G30)を積んだAIシリーズと1500ccSOHCエンジン(4G31)のAIIシリーズの2本立が基本で、それぞれ4車種、3車種、合計7車種のバリエーションで構成された。スペシャルティーカーのギャランGTOは1970年発売。
1970年5月 2ドアハードトップ追加。1500ccのAIIシリーズに設定されカスタム/カスタムL/GSの3グレード。カスタムLにはAT車も設定された。そのスタイリッシュなシルエットが好評で迎えられ、やがて対米輸出も行われた。
1971年3月 ハードトップはマイナーチェンジで丸型4灯ライトへ。
1971年9月 セダンのマイナーチェンジ/排気量アップで14L(4G33)/16L(4G32)へ/インパネのデザイン変更/AIIカスタムL→16L GL・AIスポーツ→14L SLに改称。
1972年9月 16L GS-5(5速MT)と14L・GLを追加。
1973年1月 ハードトップGSは17L(4G35・1700cc)へ。
1973年3月 セダン16L MCA(50年排出ガス規制対応)追加。
本稿ではセダンを中心に記述し、便宜上、コルトギャラン、ギャランについても扱う。なお、クーペ仕様のギャランGTO、ギャランクーペFTO、ギャランΛについては当該項目を参照のこと。
1969年、「コルトギャラン」の名で発売。「コルトギャラン」は、従来のコルト1200/1500とは全く異なるコンセプトの新しい4ドアセダンとして1969年12月にデビューし、「ギャラン」というサブネームが初めて与えられた。当時としては流行の先端をいく“ダイナウェッジライン”を採用した斬新なスタイルが評判を呼び、大ヒットとなった。1300ccSOHCエンジン(4G30)を積んだAIシリーズと1500ccSOHCエンジン(4G31)のAIIシリーズの2本立が基本で、それぞれ4車種、3車種、合計7車種のバリエーションで構成された。スペシャルティーカーのギャランGTOは1970年発売。
1970年5月 2ドアハードトップ追加。1500ccのAIIシリーズに設定されカスタム/カスタムL/GSの3グレード。カスタムLにはAT車も設定された。そのスタイリッシュなシルエットが好評で迎えられ、やがて対米輸出も行われた。
1971年3月 ハードトップはマイナーチェンジで丸型4灯ライトへ。
1971年9月 セダンのマイナーチェンジ/排気量アップで14L(4G33)/16L(4G32)へ/インパネのデザイン変更/AIIカスタムL→16L GL・AIスポーツ→14L SLに改称。
1972年9月 16L GS-5(5速MT)と14L・GLを追加。
1973年1月 ハードトップGSは17L(4G35・1700cc)へ。
1973年3月 セダン16L MCA(50年排出ガス規制対応)追加。
日産・ローレル
2010年03月12日
ローレルは、日産自動車が1968年から2002年まで製造・販売していたミドルクラスの乗用車。ライトバンやピックアップトラック、タクシー仕様(1983年まで)などの商用車を一切設定しない、高級オーナーに向けた日本初の「ハイオーナーカー」であった。
販売開始。510型ブルーバードより上級で、かつ、法人需要の多い130型セドリックとは性格の異なる「ハイオーナーカー」として企画された。
車両開発中に日産自動車とプリンス自動車の合併が行われたという諸事情に鑑み、旧プリンスの開発部門において車両開発され、プリンス製・直列4気筒SOHC1815ccのG18型を搭載した。サスペンションにはC10型スカイラインと共通の四輪独立懸架方式を採用。
2ドアハードトップ追加。日産初のピラーレスハードトップ。搭載エンジンはG20型・直列4気筒SOHC1990cc・110/120馬力、および4ドアセダンと同じG18型。グレードは1800、2000のほか、SUツインキャブを装備したスポーティーな2000GXが設定された。
4ドアセダンをマイナーチェンジ。メーターパネルも先に登場したハードトップと同じ角型に変更すると共に、上級グレードのGLを追加。
販売開始。510型ブルーバードより上級で、かつ、法人需要の多い130型セドリックとは性格の異なる「ハイオーナーカー」として企画された。
車両開発中に日産自動車とプリンス自動車の合併が行われたという諸事情に鑑み、旧プリンスの開発部門において車両開発され、プリンス製・直列4気筒SOHC1815ccのG18型を搭載した。サスペンションにはC10型スカイラインと共通の四輪独立懸架方式を採用。
2ドアハードトップ追加。日産初のピラーレスハードトップ。搭載エンジンはG20型・直列4気筒SOHC1990cc・110/120馬力、および4ドアセダンと同じG18型。グレードは1800、2000のほか、SUツインキャブを装備したスポーティーな2000GXが設定された。
4ドアセダンをマイナーチェンジ。メーターパネルも先に登場したハードトップと同じ角型に変更すると共に、上級グレードのGLを追加。
ダイハツ・ハイライン
2010年03月10日
ハイライン (Hiline) は、ダイハツ工業が過去に発売していた1t積み小型トラックである。当時のダイハツの小型車ラインナップは、3輪のBM/BOシリーズと4輪キャブオーバーのV200、そして4輪ボンネット型のF175/D150という内容だったが、F175/D150の下のクラスを受け持つモデルとして、1962年に発売された。
ハイライン発売当時の1t積みボンネットトラックというクラスは、日産自動車のダットサントラックのシェアが首位で、他にトヨタのライトスタウト、プリンス・ライトマイラー、マツダB1500、日野ブリスカが存在した。その中でも、ハイラインは乗用車的なセンスを持たせることに苦心し、デザインは当時流行の兆しを見せていたフラットデッキを国産初で採用、さらにクラス初の3人乗りを実現していた。キャッチフレーズは『明日を走る商用車』。
エンジンはF175やV200に搭載されて好評を得ていたFA型1500ccを搭載した。FA型はクラス最強の68馬力を発生していた。当時、 1500ccクラスでこの出力を得ることは驚異的であり、乗用車を含めて出力においてはハイラインを始めとするダイハツ勢がトップだった。その一方で、トラックというカテゴリーを考慮してギヤ比を低めに設定したために、最高速度は110km/hと性能のわりに低くされていた。
1963年に乗用目的にも使えるライトバンを発売。定員は3/6名、3名時の最大積載量は500kgとしていた。1964年には、トラックが東京オリンピック聖火リレーのサポートカーとしてコンパーノベルリーナと共にアテネ~東京間を走破している。1965年に丸目4灯に変更され、そのままの姿で1969年まで生産された。
1969年にはエンジンやシャーシーをそのままに内外装を一新する。フラットデッキスタイルから一転してフラッシュサイドのスマートなデザインとなり、フロント周りも角目2灯とするなど、デザインセンスに優れたハイラインのイメージをそのままに保った。この時点でライトバンを廃止している。また、最大積載量を1.25tに変更した。しかし、1967年のトヨタ自動車との提携以後、同社のハイラックスと競合すること、ダイハツディーラー網の弱さなどから販売は下降線をたどり、1971年いっぱいで生産終了となった。
ハイライン発売当時の1t積みボンネットトラックというクラスは、日産自動車のダットサントラックのシェアが首位で、他にトヨタのライトスタウト、プリンス・ライトマイラー、マツダB1500、日野ブリスカが存在した。その中でも、ハイラインは乗用車的なセンスを持たせることに苦心し、デザインは当時流行の兆しを見せていたフラットデッキを国産初で採用、さらにクラス初の3人乗りを実現していた。キャッチフレーズは『明日を走る商用車』。
エンジンはF175やV200に搭載されて好評を得ていたFA型1500ccを搭載した。FA型はクラス最強の68馬力を発生していた。当時、 1500ccクラスでこの出力を得ることは驚異的であり、乗用車を含めて出力においてはハイラインを始めとするダイハツ勢がトップだった。その一方で、トラックというカテゴリーを考慮してギヤ比を低めに設定したために、最高速度は110km/hと性能のわりに低くされていた。
1963年に乗用目的にも使えるライトバンを発売。定員は3/6名、3名時の最大積載量は500kgとしていた。1964年には、トラックが東京オリンピック聖火リレーのサポートカーとしてコンパーノベルリーナと共にアテネ~東京間を走破している。1965年に丸目4灯に変更され、そのままの姿で1969年まで生産された。
1969年にはエンジンやシャーシーをそのままに内外装を一新する。フラットデッキスタイルから一転してフラッシュサイドのスマートなデザインとなり、フロント周りも角目2灯とするなど、デザインセンスに優れたハイラインのイメージをそのままに保った。この時点でライトバンを廃止している。また、最大積載量を1.25tに変更した。しかし、1967年のトヨタ自動車との提携以後、同社のハイラックスと競合すること、ダイハツディーラー網の弱さなどから販売は下降線をたどり、1971年いっぱいで生産終了となった。
トヨタ・AE86
2010年03月09日
AE86(エーイーハチロク)とは、1983年にトヨタ自動車が発売したカローラとスプリンターのスポーツモデル(スポーツクーペ)である4代目カローラレビン/スプリンタートレノの共通車両型式番号。この型式番号のカローラレビンとスプリンタートレノに対し、俗に"ハチロク"という呼称が付けられている。
2009年の東京モーターショーに先立ってAE86を最後にトヨタのラインナップから途絶えていたライトウェイトFRスポーツ車としてトヨタ・FT-86というコンセプトカーが発表された。
発売当時はターボや前輪駆動(フロントエンジン・フロントドライブ方式)など先進性や利便性を追求した新メカニズムの取り入れが日本車の主流であったため、従来のレビン・トレノと同じ自然吸気(NA)の1600ccエンジンと後輪駆動(フロントエンジン・リアドライブ方式)の組み合わせ、そして先代の「TE71型」から流用した旧態的なフロントストラット、リヤラテラルロッド付きの5リンクリジッドアクスルサスペンションは、当時のレベルからしても単純な構造であり、数多あった国産スポーツカーと比較して見劣りした。しかし、基本的なサスペンション仕様が先述した先代「TE71型」と同様だったため、サスペンションの改造が容易であったことが、その後の人気が続く理由になっていった(発売から1週間後にはジムカーナ仕様車やラリー仕様車が完成したと言われている)。
1987年5月、レビン・トレノが次代の「AE92型」へとモデルチェンジを果たして駆動方式が前輪駆動に変更された事で、国産車として希少となった軽量後輪駆動車として存在が再認識され、新車による販売当時以上にモータースポーツ関係者やドリフト走行愛好者の間で注目されるようになった。
また、プロレーサーの土屋圭市が事ある毎に、当時から現在に至るまで取り上げ続けたことで注目を集めるようになる。特に、彼の固定ファンの間では、土屋圭市といえばAE86、と言われるまでになった。
1990年代後半からは漫画『頭文字D』の主人公の愛車であるという理由で、漫画に影響された者の間でAE86トレノが人気となった。それまで、新車/中古車問わず人気の中心はレビンであり、 AE86といえばレビンの事を指すのが普通であった。一方のトレノは新車時の販売台数も少なく、中古車としての流通も少なかったため、漫画での紹介以降、旧式のメカニズムを持つ中古車としては異常なほどのプレミア価格で取引され、カルト的な人気を博すことになった。
この為、アメリカなどから左ハンドル仕様を逆輸入して販売する業者も現れた。絶版直後ならいざ知らず、絶版から20年近く経った現在、その経年状態と性能に見合わない異常な価格で取引がなされるのは、『頭文字D』の影響がいまだに残っているとも言える。マカオグランプリ博物館に展示されているAE86 カローラレビン!
それでも長年培った様々なノウハウや社外パーツでのチューニングに加え、後に登場したレビン・トレノに採用されたスーパーチャージャー、4連スロットルボディー、20バルブ4A-GEエンジン等を流用する純正品でのチューニングメニューも多く、さらにはSR20DETやRB26DETT、2JZ-GTE、F20C、V8(1UZ-FE)、RE等あらゆるエンジン換装例もある。それにより、エンジン出力800馬力、車重1t弱と、スペックだけ見ればさながらレーシングカーのようになった例もある。現代の車と比較して、簡素なエンジン、サスペンションの構造が、個人レベルでの改造に適していることも、人気の理由の一つと言える。
前述の逆輸入左ハンドル車の注意点は、カローラ/スプリンターが実用車であるという性格上、足車として使われていたため走行距離が多い個体が多いこと、エアフロ方式採用しているので、インテークパイプに加工が必要であること、排気側もEGR(排ガス還流装置)があり、右ハンドルの物を無加工流用できない事、などである。
現在でも中古車価格は高値安定傾向にあるが、昔から走り屋(特にドリフト族)に好まれているモデルだけに、乱暴な運転により疲弊した個体が多い。そのため、極めて状態の良い個体には新車並みか、それ以上の価格がつけられることもある。
当時トヨタ社と提携関係の有った英国ロータス社の「エスプリ」に、このAE86前期型レビンのリアコンビランプが使用されていた。
同年式(E80系)のレビン・トレノの3A-U型1500ccSOHCエンジン搭載車はその形式名(AE85)から「ハチゴー」と呼ばれる。AE86同様、実用車としては十分な83ps(グロス値。後期モデルは85ps)を出力するエンジンがスポーツ走行には向かないとされ、AE86ほどの人気車種ではない。しかし、車両価格が安価であること、スポーツ走行で酷使された車体や、ユーザーによる改造が施された個体が少ないことから、いわば(一般的なハチロクに比べ)「低価格・高品質」であるボディを求めエンジン載せ換えやフレーム加工などの大規模な改造を施す時のベース車として使われる事が多い。
レースでの大きな活躍として挙げられるのは1985年から始まった全日本ツーリングカー選手権グループAでの活躍で、1985年と1986年にスポーツランドSUGOでスカイライン勢などを押さえ、それぞれ1勝している。しかし、1987年以後は上位に入ることも無く低迷していった。
1984年の富士フレッシュマンレースで土屋圭市の搭乗するADVANトレノでシーズン開幕以来6連勝を果たし、土屋の翌年のGr.Aへのステップアップに繋がった。
活躍の場はサーキットばかりではなく、ラリーやジムカーナにも参戦しており、現在でも様々な競技で活躍が見られる。また、横田紀一郎がパリ・ダカール・ラリーにレビン(2ドア)で参戦しているが公式記録ではリタイアとなっている。
全日本GT選手権のGT300クラスにも参戦していたこともあった。エンジンは3S-GTEで、GT500クラス用をディチューンしたものである。足回りは規定上ノーマルのサスペンション型式名の上では踏襲していたが、原形を留めないほどの改造が施されていた。しかし最高で5位と健闘するも大きな成果は残せなかった。また、2001年にスポーツランドSUGOで行われた引退レースは、炎上、リタイアという形になってしまった。
ホモロゲーションが切れた現在においてもJAF公式戦として岡山国際サーキットで行われているチャレンジカップレースなど、AE86を使用したレースが行われていることを見ても生産終了から20年以上経過した車両が公式レースでのベース車として使用されることは稀なケースであり、ここでもハチロクの人気の高さが伺える。
D1ではハチロクの車両重量の軽さを活かした走りを見せている。多くのD1選手が使用するシルビア、180SXとの大きな馬力差を埋める為にエンジンのターボ化やNOS搭載、AE101型やAE111型のエンジン換装、シルビア、180SXのSRエンジンに換装などさまざまなハチロクが参戦している。2002年に植尾勝浩の搭乗したハチロクがシリーズチャンピオンを獲得。
2004年には日比野哲也の搭乗したハチロクが2位入賞を果たし、2005年に吉岡稔記の搭乗したハチロクが優勝を果たす。D1グランプリ2009シリーズでは日比野哲也が、5バルブエンジンには珍しい排気量アップ版5A-GにNOSを搭載したMAX370馬力のスプリンタートレノ2ドアクーペを駆りが参戦。
軽量で機敏な動き、ウェットコンディションでもアグレッシブな攻めの走りで、ライバルとの圧倒的なパワー差を翻し、シリーズ5位に入賞した。だが、最近ではやはり馬力差が大きくなってきている為、ハチロクで参戦する選手が少なくなっている。
2009年の東京モーターショーに先立ってAE86を最後にトヨタのラインナップから途絶えていたライトウェイトFRスポーツ車としてトヨタ・FT-86というコンセプトカーが発表された。
発売当時はターボや前輪駆動(フロントエンジン・フロントドライブ方式)など先進性や利便性を追求した新メカニズムの取り入れが日本車の主流であったため、従来のレビン・トレノと同じ自然吸気(NA)の1600ccエンジンと後輪駆動(フロントエンジン・リアドライブ方式)の組み合わせ、そして先代の「TE71型」から流用した旧態的なフロントストラット、リヤラテラルロッド付きの5リンクリジッドアクスルサスペンションは、当時のレベルからしても単純な構造であり、数多あった国産スポーツカーと比較して見劣りした。しかし、基本的なサスペンション仕様が先述した先代「TE71型」と同様だったため、サスペンションの改造が容易であったことが、その後の人気が続く理由になっていった(発売から1週間後にはジムカーナ仕様車やラリー仕様車が完成したと言われている)。
1987年5月、レビン・トレノが次代の「AE92型」へとモデルチェンジを果たして駆動方式が前輪駆動に変更された事で、国産車として希少となった軽量後輪駆動車として存在が再認識され、新車による販売当時以上にモータースポーツ関係者やドリフト走行愛好者の間で注目されるようになった。
また、プロレーサーの土屋圭市が事ある毎に、当時から現在に至るまで取り上げ続けたことで注目を集めるようになる。特に、彼の固定ファンの間では、土屋圭市といえばAE86、と言われるまでになった。
1990年代後半からは漫画『頭文字D』の主人公の愛車であるという理由で、漫画に影響された者の間でAE86トレノが人気となった。それまで、新車/中古車問わず人気の中心はレビンであり、 AE86といえばレビンの事を指すのが普通であった。一方のトレノは新車時の販売台数も少なく、中古車としての流通も少なかったため、漫画での紹介以降、旧式のメカニズムを持つ中古車としては異常なほどのプレミア価格で取引され、カルト的な人気を博すことになった。
この為、アメリカなどから左ハンドル仕様を逆輸入して販売する業者も現れた。絶版直後ならいざ知らず、絶版から20年近く経った現在、その経年状態と性能に見合わない異常な価格で取引がなされるのは、『頭文字D』の影響がいまだに残っているとも言える。マカオグランプリ博物館に展示されているAE86 カローラレビン!
それでも長年培った様々なノウハウや社外パーツでのチューニングに加え、後に登場したレビン・トレノに採用されたスーパーチャージャー、4連スロットルボディー、20バルブ4A-GEエンジン等を流用する純正品でのチューニングメニューも多く、さらにはSR20DETやRB26DETT、2JZ-GTE、F20C、V8(1UZ-FE)、RE等あらゆるエンジン換装例もある。それにより、エンジン出力800馬力、車重1t弱と、スペックだけ見ればさながらレーシングカーのようになった例もある。現代の車と比較して、簡素なエンジン、サスペンションの構造が、個人レベルでの改造に適していることも、人気の理由の一つと言える。
前述の逆輸入左ハンドル車の注意点は、カローラ/スプリンターが実用車であるという性格上、足車として使われていたため走行距離が多い個体が多いこと、エアフロ方式採用しているので、インテークパイプに加工が必要であること、排気側もEGR(排ガス還流装置)があり、右ハンドルの物を無加工流用できない事、などである。
現在でも中古車価格は高値安定傾向にあるが、昔から走り屋(特にドリフト族)に好まれているモデルだけに、乱暴な運転により疲弊した個体が多い。そのため、極めて状態の良い個体には新車並みか、それ以上の価格がつけられることもある。
当時トヨタ社と提携関係の有った英国ロータス社の「エスプリ」に、このAE86前期型レビンのリアコンビランプが使用されていた。
同年式(E80系)のレビン・トレノの3A-U型1500ccSOHCエンジン搭載車はその形式名(AE85)から「ハチゴー」と呼ばれる。AE86同様、実用車としては十分な83ps(グロス値。後期モデルは85ps)を出力するエンジンがスポーツ走行には向かないとされ、AE86ほどの人気車種ではない。しかし、車両価格が安価であること、スポーツ走行で酷使された車体や、ユーザーによる改造が施された個体が少ないことから、いわば(一般的なハチロクに比べ)「低価格・高品質」であるボディを求めエンジン載せ換えやフレーム加工などの大規模な改造を施す時のベース車として使われる事が多い。
レースでの大きな活躍として挙げられるのは1985年から始まった全日本ツーリングカー選手権グループAでの活躍で、1985年と1986年にスポーツランドSUGOでスカイライン勢などを押さえ、それぞれ1勝している。しかし、1987年以後は上位に入ることも無く低迷していった。
1984年の富士フレッシュマンレースで土屋圭市の搭乗するADVANトレノでシーズン開幕以来6連勝を果たし、土屋の翌年のGr.Aへのステップアップに繋がった。
活躍の場はサーキットばかりではなく、ラリーやジムカーナにも参戦しており、現在でも様々な競技で活躍が見られる。また、横田紀一郎がパリ・ダカール・ラリーにレビン(2ドア)で参戦しているが公式記録ではリタイアとなっている。
全日本GT選手権のGT300クラスにも参戦していたこともあった。エンジンは3S-GTEで、GT500クラス用をディチューンしたものである。足回りは規定上ノーマルのサスペンション型式名の上では踏襲していたが、原形を留めないほどの改造が施されていた。しかし最高で5位と健闘するも大きな成果は残せなかった。また、2001年にスポーツランドSUGOで行われた引退レースは、炎上、リタイアという形になってしまった。
ホモロゲーションが切れた現在においてもJAF公式戦として岡山国際サーキットで行われているチャレンジカップレースなど、AE86を使用したレースが行われていることを見ても生産終了から20年以上経過した車両が公式レースでのベース車として使用されることは稀なケースであり、ここでもハチロクの人気の高さが伺える。
D1ではハチロクの車両重量の軽さを活かした走りを見せている。多くのD1選手が使用するシルビア、180SXとの大きな馬力差を埋める為にエンジンのターボ化やNOS搭載、AE101型やAE111型のエンジン換装、シルビア、180SXのSRエンジンに換装などさまざまなハチロクが参戦している。2002年に植尾勝浩の搭乗したハチロクがシリーズチャンピオンを獲得。
2004年には日比野哲也の搭乗したハチロクが2位入賞を果たし、2005年に吉岡稔記の搭乗したハチロクが優勝を果たす。D1グランプリ2009シリーズでは日比野哲也が、5バルブエンジンには珍しい排気量アップ版5A-GにNOSを搭載したMAX370馬力のスプリンタートレノ2ドアクーペを駆りが参戦。
軽量で機敏な動き、ウェットコンディションでもアグレッシブな攻めの走りで、ライバルとの圧倒的なパワー差を翻し、シリーズ5位に入賞した。だが、最近ではやはり馬力差が大きくなってきている為、ハチロクで参戦する選手が少なくなっている。
スズキ・フロンテ
2010年03月08日
フロンテ (Fronte) は、スズキが生産していた軽自動車である。なお、本項目ではフロンテシリーズの基本形となるセダンを中心に記述し、便宜上フロンテハッチを含む商用(バン)モデルについても記述する。
1979年に派生車アルトが登場し大ヒットとなるまでは、長年にわたりスズキを代表する軽乗用車だった。フロンテが乗用モデル(5ナンバー)であったのに対し(後記のフロンテバン・フロンテハッチを除く)、当初のアルトはフロンテと車台を共用した商用モデル(4ナンバー)として発売された。
1989年にフロンテはアルトに統合され、かつてのフロンテに相当する現在のアルトは5ナンバー、4ナンバー車は「アルトバン」となっている。東京モーターショー2005では、フロンテ360をモデルにしたスズキLCが展示された。
1979年に派生車アルトが登場し大ヒットとなるまでは、長年にわたりスズキを代表する軽乗用車だった。フロンテが乗用モデル(5ナンバー)であったのに対し(後記のフロンテバン・フロンテハッチを除く)、当初のアルトはフロンテと車台を共用した商用モデル(4ナンバー)として発売された。
1989年にフロンテはアルトに統合され、かつてのフロンテに相当する現在のアルトは5ナンバー、4ナンバー車は「アルトバン」となっている。東京モーターショー2005では、フロンテ360をモデルにしたスズキLCが展示された。

